耳が聞こえるようになったんだけど、何を聴いたらいいかな?
3月28日 2013
原文はこちら。『What It’s Like for a Deaf Person to Hear Music for the First Time.』
以下訳文
オースティン・チャップマンは全く耳が聞こえない状態で生まれてきました。補聴器は多少の効果はあったんですが、幅の広い音の高さやトーンまでは理解することはできなかったそうです。
チャップマンはいつも音楽に対して疑問を感じていたようです。
「たった一曲の音楽が流れただけで涙を流して感動している姿を見るだけでうらやましくてしょうがなかったです。思うように耳の聞こえないぼくがその事実を見ないようにしていたのは、とても辛いことでした。」
しかし最近手に入れた新しい補聴器(Phonak’s Naida S Premium)が突如チャップマンの生活を一変させてしまいます。
チャップマン「人生で初めて聴いた音はぼくが歩いている時に靴がカーペットと擦れる「サッサッ」という音でした。本当にビックリしました!まずそんな些細な音など気にも止めたことがありませんでしたし、そもそもそんな音があったなんて。
医者に行ったら、診察室の中がものすごくうるさくて、恐怖で動けませんでした。パソコンの音、空調の風の音、キーボードのタイプする音、そしてぼくの親友が咳き込んで部屋に入ろうとした音が同時に聞こえた時は、何が起こっているのか頭のなかがぐるぐると混乱してしまいました。後に、親友の彼はタバコはほどほどにしなくちゃ、と冗談を言っていたのを覚えています。
その夜、友人が嬉しそうにモーツアルトやローリング・ストーン、マイケル・ジャクソン、シガーロス、レディオヘッド、エルビス・プレスリーなど様々な有名な音楽を聴かせてくれました。
初めて音楽を聴くというのは本当に感動的なことでした。
モーツアルトの『ラクリモーサ』という曲が流れ始めた時、そのあまりの美しさに心が奪われてました。曲の一節はまるで天使が歌っているかのように、ぼくは初めて音楽を本当の意味で体験することができたのだと思います。
涙が自然とこぼれ落ち、必死に堪えようとしても涙は自然と頬を流れ続けていました。」
ここにそのモーツアルトの『ラクリモーサ』の音楽をアップしているのでぜひ聴いてみてください。
彼のおかれた状況を想像しながら。
あなたは耳が聞こえない。
約20年も蓄えられてきた無音という常識が、ある日、ダムが決壊したように流れだすのです。
今までの人生で一度も音楽を聴いたことがなかったとして、初めてこの曲を聞く際にどれほど美しい音の波があなたの体に流れ込み、そしてなにを感じるのか。
Mozart – Lacrimosa
チャップマンはそんな劇的な経験をした後、ネットに興味を持ち始めた若者がよくやるようにReddit(アメリカ最大の掲示板。日本でいう2ちゃんねるのようなもの)の掲示板にこんな書き込みをしてみました。
「生まれて初めて音楽が聞けるようになったんだけど、何を聴いたらいいかな?」
その質問には1万4千以上のコメントが寄せられ、スポティファイ(音楽配信サービス大手の会社)から注目され、さらにスポティファイは6ヶ月の無料会員登録と様々なジャンルの音楽が入った13時間分のプレイリストを彼に贈りました。
Redditの掲示板ではビートルズやレッド・ツェッペリンなどの有名バンドが紹介されていましたが、彼はクラシックの分野でベートーベンなどの有名な作曲家に夢中になりました(生まれて初めてこのベートーベンの曲を聴くなんてどんな感情をいだいたんでしょう)。
ちなみに、勧められた曲の中ではベートーベンのニンスが一番素晴らしかったようです。
そしてGiraffeKillerという投稿者はこんな回答をしています。
「なにかまるで宇宙人に地球の音楽を紹介するみたいでどこから薦めていいかわからないですね。でも、ぼくなら一旦クラシックに夢中になったら、50年代の音楽を聴いてそこから10年代ずつ遡っていくと思います。現代音楽が発展する様がよくわかりますよ。」
さっそく彼はGuillaume de Machaut’s Agnus Deiという14世紀の音楽から聴き始めることにしたのですが、まず、チャップマンは今までの遅れを取り戻すかのように毎日様々な種類の音楽を聴いてみました。それが唯一今とるべき懸命な行動だったのかもしれません。
そして音楽を聴いた結果、彼のトップ5のリストを作ってみることにしました。
以下ベスト5
1. モーツァルトの『ラクリモーサ』
絶望の曲なんですが、この曲はぼくにとって生まれて初めて音楽を聴くという経験でもあり、本当の意味で音楽を味わうことでもあったので。
2. The soundtrack to Eleven Eleven
実は自分自身を描いた作品なんですが、ぼくの人生を短い映像にしました。
個人的に好きな作品で、初めて聴いた時には泣き崩れてしまいました。Cazzがその音と映像を再現してくれたことにとても感謝しています。
3. Sigur Ros’s Staralfur
何度も何度も繰り返し聞きたいと思った初めての曲です。
4. IL Postino-Luis Bacalov
5. Minnesota’s A Bad Place
(ショットガン ラジオのオリジナル曲 ミミ・ページによるゲスト、ミネソタによるリミックス)
私はこの経験がチャップマンにとってどのようなものだったかをもっと詳しく知りたかったんです。どの程度人間が音楽体験を教養的含みとして許容出来るのか、そして音楽は初めて耳が聞こえるようになった人に、それをどれほど伝えることができるのか。
彼の音楽体験のようにジャンルの全てが一緒くたに解き放たれた時どのように人の好みが作り上げられていくのか、もしくは音楽は懐かしさをどのように呼び起こすのか。
彼にとってどんな音楽が好きで、どんなものが気に入らなかったかという感覚をもっと知るために私はチャップマンといくつかメールのやり取りをしました。
まず明らかになったことは人の好みが作られるのにさして時間はかからないということです。最初からチャップマンはとても音楽の好みに関してうるさかったのです。(私の個人的な意見では、彼のセンスはとてもよいと思います。)
チャップマンは次のように言っています。
「ぼくはクラシックがこの世で一番美しい音楽のジャンルだと思います。カントリー音楽は今のところあまり好きじゃないですね。ボーカルの声が激しすぎて歌詞とそのストーリーがよく理解できないんです。むしろ、人が泣き叫んでいるように聞こえてしまうんです。」
チャップマンは音楽のジャンルを狭めないという姿勢をとても大事にしていました。(「最近だと”これほどないくらい”ジョニー・キャッシュやFolsom Prison Bluesは大好きですね」と言うくらい、幅広いジャンルの曲を聞いているようです。)
音楽が彼にとってどのように聴こえるのか、そしてそれに対する彼の反応は結果的に、どんなふうに補聴器から音楽が流れ、どのように音楽を聞いているのかという聴き方を、段階的に学んでいることからきているのが、重要な要素だと思われます。
チャップマン「ぼくはそんなに人の声や複雑にアレンジした音楽はすきじゃないんです。だってぼくの脳はまだこの世界の音に慣れてないんですよ」と彼は言っています。
よく彼が口癖のように言っていたのですが、”メロディックで心地良い”音楽が彼の好みの傾向のようです。
チャップマン「特にアイスランドのバンド、シガーロスは最近すごくよく聴いてますよ。まだ彼らの曲の2割くらいしか聴いてないですが、彼らの曲は本当にすごいです。
それからレディオヘッド、ピンク・フロイド, ローリング・ストーンズ, クイーン、たまにダブステップを聴くのも好きですね。
ダブステップを聴くときは本当にその補聴器が役に立っていますよ。それまで低音はいくらか聞こえたんですけど、聴き取れる音の幅はすごく狭くて、楽しさは半減、というか全くわからなかったと思いますね。
低音から高音までほぼ聴こえるようになってから、むしろ低音に対してまた違った見方ができるようになりました。今は低音の魅力に夢中です。」
最後に彼はこんなことをつぶやいていました。
「皮肉だけどもう十分なんですよね。実は以前より補聴器を使うことが少なくなったんです。
実際この世界にはうっとうしい音がいっぱいあります。
静寂は今でもぼくのお気に入りの音楽で、補聴器をはずすと、思考は晴れ渡り、とても気持ちが穏やかになるんです。
いつか耳の聞こえる人にもこの無音という音楽を楽しめる日がきたらいいなと思っています。」